第10話 -すれ違う心-
2016年05月06日
第3章 星の紋章 第10話 -すれ違う心-
ヒュロロ~~ヒュロロ~
美しい旋律の笛の音が聞こえます。里で聞くより、美しい音色が、心の中まで響いてくるようでした。
「お目覚めですか」
「え?」
加奈は気が付くと、不思議なベッドの中にいました。服も知らないうちに、柔らかな絹のような東洋的な美しい服を身にまとい、髪もきれいに結い直してありました。
ベッドの上にベールのような布がかかり、声をかけた女の人の姿が、おぼろげに見えました。
「ここはどこ?」
「ここは、親方様のお部屋です。もうすぐ親方様がいらっしゃいます。もうしばらくお待ち下さい」
そう言うと、女の人は下がって行ってしまいました。入れ違いに長身の男の人が入って来ました。
「お前、女のくせになんで男の格好をしていたんだ? それに、姫巫女で無いのに、風読みの術を使えるなんて、お前も巫女なのか?」
男はそっとベールをふり払うと、ベッドの横に座りました。その男の顔を見て、加奈はびっくりしてしまいました。
耳が長く、銀糸の長い髪と、鋭い切れ長の目の奥は金色に光り、後ろに9本の尾までありました。
あんまりびっくりしてしまったので、言葉がうわずってしまう加奈でした。
「あっ…あっ…あの、ここは、どこでしょうか…」
「ここはきつね族の集落だ。集落と言っても、洞窟の中だけどね。名はなんと言うんだ? 俺はアロペークスだ。アロでいいよ。」
鋭い瞳を持つ割に、優しく話をしてくれるアロは、里で効いた話とはだいぶ違っていました。
「風読みをするが、姫巫女と思い、俺の部下が連れて来てしまった。悪かったな」
「私は加奈、あ…あの…ちょっと聞いていいですか?」
「え?」
「アロは姫巫女様が好きなの?」
アロはすごくびっくりしたような顔をすると、急に大きな声で笑い始めました。
「アハハ、びっくりするなあ。急に何を言い出すと思えば。アハハ」
「あ…あの…」
「俺があの姫巫女を? アハハハ、冗談じゃないぜ。昔から戦ってきた相手だぜ。それにあんなキツイ女は、御免だね。そうだな、加奈が子供でなければ、俺はお前の方がいいな。どうだ、俺の女になるか?」
「ええ~~~~え~~??」
「何をそんなにびっくりするんだ。すぐにとは言わないさ。まだ、子供だからな。加奈は不思議な力を持っているし、そういう力を持つ女と夫婦になれば、強い子が生まれるしな」 加奈は真っ赤になってしまいました。
「おりゃ、まだ早すぎる話だったかな。でも、里と違って、俺らの部族は繁殖力が弱いんだ。だから人数は減るばかりだ。もともとこの里に住んでいた訳でない。自分の星に戻りたいが、オババ様も俺もタルタロスに力を奪われてしまい、ここにいるしかないんだ」
加奈は、ここでもタルタロスの名を聞くとは思いませんでした。大昔から存在するタルタロスは、一体何者なのでしょうか。永遠の命を持つ者なのか、それとも再生するのでしょうか。
何故か加奈は、タルタロスの不気味な赤い目と恐ろしい声を思い出さずにはいられませんでした。
トントンと戸を叩く音がしました。
「なんだ」
「親方様、オババ様がお呼びです」
「わかった、今すぐ行く」
アロは、ベッドから立ち上がると、オババ様という人の所へ行ってしまいました。
何人かの女の人がたくさんの食べ物を運んでき来ました。大きな机なのに、机の上は美味しそうな食べ物でいっぱいになりました。
「親方様はオババ様とお話し中ですので、先に食事をして下さいとのことです」
何人かの侍従は、同じような服を着て、食事の用意を終えると、そそくさと出て行ってしまいました。
豪華な食事ではありましたが、加奈は食欲がありませんでした。久しぶりに箸のようなものがあって、口に運んでみても、何故か食べる気にならず、箸を置いてしまいました。
静かな時間が過ぎていきました。なかなかアロは戻っては来ませんでした。
洞窟の中とは言っても、不思議な光る花のような植物から光が漏れて、明るかったのですが、少し、息苦しさがありました。
皆、心配しているだろうなと思った加奈ですが、前のような宇宙と違い、同じ星で同じ土地なのに、何故、サタンたちは、助けに来てくれないのかと、不安になってきました。
加奈の心に悲しみと不安が膨らみ始め、とめどめなく普段考えない事までも考えるようになってしまっていました。
銀星から竜星に飛ばされた時も、サタンはなかなか加奈を見つけられませんでした。ルーディヒに連れ去られた時も、シリウスがいなければ、加奈は今、こうしていられたのか分かりません。何故、助けに来てくれないのかと思ってしまうのでした。
サタンにとって、私は、なんなんだろうと、加奈の目から涙があふれ出て、心が暗くなるばかりでした。加奈は泣き疲れて、ベッドで寝てしまったのでした。
その次の日も、その又、次の日も、加奈はきつね族の洞窟の中でした。
ずっと親方の部屋にいても仕方ないので、加奈は洞窟の中を歩いてみる事にしました。洞窟の中と言うのに、洞窟をうまく利用してきつね族の生活が成り立っていました。
中央に小さな流れる川があり、女性と男性とで住む部屋が別々にあり、子供たちはいつも集まって遊んでいました。確かに子供の数が少なく、里の人間の半分も満たない人数でした。
女たちは、あまり洞窟の外へは出ないようでした。男たちが狩りをし、洞窟のすぐ外に畑があり、畑を耕すのも男たちでした。
女たちは、植物をうまく加工して、糸を作り、その糸で布を織っていました。畑の中に桑の畑もあったので、お蚕様の部屋も小さいながらあり、里の女と同様にその仕事が主のようでした。
加奈は自分の服に着替え、女たちと一緒に仕事をすることにしました。最初は戸惑っていた女たちも、加奈の人柄なのか、だんだんと心打ち解けるようになり、年の近い友達も出来ました。
加奈は、きつね族の女たちに織ってもらった仕事着を着て、まるできつね族の一員になったようでした。親方も、加奈の部屋を用意してくれました。
時々、外へ出ることもありましたが、何故か自分から、遠くへ行きたいと思わなくなっていました。
洞窟の川で洗濯をしている時、川上から声がしてきました。皆、慌てたように、おじぎをしているので、何事かと思ったら、大きな白いヘビが川の底から顔を出したではありませんか。
怖いのと、びっくりしたので、加奈は、そこで体が固まってしまいました。
「おや、驚かして、悪かったね」
ヘビがしゃべりました。あまりの突然の事で、加奈はまばたきするのも忘れるくらいでした。
「お前が加奈だね。アロから聞いているよ。フーン、確かに巫女的力はあるようだね。でも、姫巫女とは違うようだ。悪いが、ちょっと話がある。後で奥の泉の方へ来てくれないかい、アロと一緒に」
大蛇の話は、加奈に里の池の中に、里で一番美しい繭玉を沈めて欲しいということでした。
「もともと里の湯所は、私たちきつね族の集落があった場所でね、昔から続く争いのせいで奪われてしまったのさ。私たちはこの星の人間ではないからね。環境に適応しないのだよ。唯一、あの池の水があるおかげで保っていたようなものだ。あの水には、不思議な成分が含まれていて、あの泉の湧水でごくわずかだが、美しい繭玉を作るお蚕様が生まれてくるんだよ。それが妖精の繭玉さ。美しいグリーン色の大きな繭玉だよ。妖精の繭玉には力がある。わたしはタルタロスに力を奪われてしまったが、かろうじて多少は残っている力で、アロとともに力を共鳴してもといた星へ帰ろうと思う。それには妖精の繭玉に光の道を作ってもらわねばならないのだよ。お前に頼むのは、筋違いかもしれないが、ちょうど衛星が赤くなる日がもうすぐ来る。もう、その日を逃せば、私たちは帰れない。衛星が二つに分かれた夜に沈めて欲しい」
「私…私に出来るかしら…。それに、私…」
「もうすぐ時空の波が開く。あんたも帰る時が近づいているんだよ。自信をお持ち、加奈。姫巫女のような強い力は無いけれど、お前には宇宙から与えられた力がある。まだ日はあるから、考えといておくれ」
そう言うと、大蛇は又、池の底へと沈んでいきました。
加奈は、その日からふさぎ込んでしまい、食事も摂らなくなりました。毎晩のように加奈の部屋から、すすり泣く声が聞こえてくるようになりました。
ある朝、アロは加奈がいないことに気がつきました。ベッドには、走り書きがしてありました。
「里へ戻ります。短い間でしたが、お世話になりました。オババ様に頼まれた事、私に出来るかどうか分かりませんが、やってみます。黙って行くことをお許し下さい。アロ、皆も、やさしくしてくれてありがとう 加奈」
アロは、何故か、凄く不安になるのを感じました。オババ様は何故、子供の加奈にあんな無理難題を押し付けたのか、分かりませんでした。加奈一人に自分たちの今後の事を押し付けて、自分たちは何もしないとは、凄く卑怯な気がしたのでした。
どこをどう歩いたのか、加奈は分からなくなって来ました。でも、足は歩きすぎて豆が出来て凄く痛かったのですが、見覚えのある場所に気がつきました。
確かここは、アルディ星から飛ばされて、尻もちをついた所でした。もう少し歩けば、里の桑畑に出られるはずと思い、感覚の無い足を引きずりながら、加奈は歩いていきました。
口はカラカラ、服も何度か転んだので、泥だらけでした。モンスターが出ない星と言っても、熊とかヘビとかに出くわさなければいいなと思いつつ、ようやく加奈は桑畑の道を降り、里の門へと近づきつつありました。
「カナ!! カナじゃないか!!」
そう叫んで、近づいて来たのは、加奈の仲良しのジークでした。
「カナ!! 大丈夫か! 心配したんだよ。毎日毎日俺たちいろんな所を探しても、お前が見つからなくて…ウウウ」
ジークの目から涙が流れていました。
「だいぶ疲れたけど、どうにか戻ってこれたんだから、泣くなよ。ジークは男だろ…」
「ウウ…ウ…そんなこと言ったって、俺らお前を守ってやれなかった…」
里の方から加奈の仲良しの仲間たちの少年兵が走って来て、みんな男泣きして、カナの帰りを喜ぶのでした。
加奈のふさぎ込んで暗く沈んだ心を、ジークやブルー、フェルスたちの涙が、洗い流してくれたようでした。
加奈は凄く嬉しくなりました。こんなに心配してくれている仲間のいることに…。
ふと顔を上げると、サタンたちも走って来ました。
「加奈、無事だったか!」
「良かった、凄く心配したんだよ」
「おなか、空いてないか」
加奈は、サタンたちの顔を見ないで、返事をすることなく、ジークたちと帰って来たことを姫巫女様にあいさつに行くのでした。
サタンの横を無表情の加奈が足早に通り過ぎていきました。差し伸べた手を握ることもなく、加奈は何も言わず、まるで見知らぬ人のように…。
「加奈…」
サタンは、加奈の後ろ姿をずっと見続けていました。
夜になっても、加奈はサタンたちの部屋へは戻っては来ませんでした。
「加奈はすごくやつれて顔色が悪かったが…」
「どこに行ったんだろうな」
「部屋に戻ってこないけど、どうしたんだろうな」
ルーディヒとシリウスは、話し込んでいましたが、サタンは加奈の心が分かっていました。何故、自分を早く見つけてくれなかったのだろうと、早く来て欲しかった、自分が戻る前に来て欲しかった、加奈のそう叫ぶ声が、何も言わない加奈だからこそ、余計にサタンは、強く感じたのでした。
サタンは、加奈のいなくなった日から、朝から夜まで探し続けていました。普通なら自分の力で加奈のいる場所がわかるはずでしたが、不思議な力がそれを遮っていました。
たとえ、その力があったにせよ、加奈が自分で戻る前に探すべきだったと。サタンの胸は切り裂く思いでありました。
漆黒の夜に、ふたりの心の闇が重なって、行くべき道を遮っていました。















































































