2015年09月26日

第2章 ドラゴンの翼 第6話 -ドラゴンレース-2(竜の舞)

 薄暗い朝もやの中を加奈はひとり歩いていました。白ドラゴンはリュックの中でぐっすりと眠っていました。
「うわー、早朝は少し寒いなあ。ちょっとこれだときついかも…。心配かけたら悪いから置き手紙にしてきたけれど、又、怒られちゃうかな…。なるべく早く用事を済まそう…」

 城下町の急な坂道もだいぶ慣れて来て、加奈は小走りに町まで降りていきました。
 城下町に着く頃には、陽がさして、人々は、朝の準備にとりかかっていました。星の弓をくれた老人にもう一度会って、話を聞きたくて、果実畑近くの作業場へと急ぎました。

 その老人は、あの時と同じように作業にいそしんでいました。
「おじいさん、おはようございます。」
 加奈が声をかけると、老人は別段驚く様子もなく、挨拶を返したのでした。
「あの、お話を聞きたいのですが、作業中でお忙しいと思いますが、よろしいですか?」
「ドラゴンのことかな」
「? 何でわかったんですか?」
「顔に書いてあるよ」
「え~~~!」
 加奈はびっくりしたような顔を思わずさすってしまいました。

「アハハハ、君は面白い子だね。朝ごはんはまだだろ。あったかい野菜のスープはあるから、一緒に食事をしよう」
「わあ~、うれしい。ごちそうさまです。」
「さあさあ、部屋へお入り」

 老人の部屋はこじんまりとしていましたが、木の良い香りがして、とても落ち着く部屋でした。野菜スープもとってもおいしくて、加奈は夢中になって食べました。
「ほらほら、そんなにあわてて食べると熱いよ。ゆっくりお食べ。おかわりしてもいいからね」
「野菜のお出汁が効いてすごーくおいしいです。何かこんか心あたたまる料理、久しぶりです」
「そんなに喜んでもらって作った甲斐があったよ。さあ、パンも一緒にお食べ。よっぽどお腹が空いていたんだね。アハハハ」

 昨日の夕食は豪華ではありましたが、食べた気さえしませんでした。食事の内容より、作った人の心と食べる人の笑顔が、何よりのご馳走であることに、加奈は改めて思うのでした。
「君は水の生だと思うよ。それも、とても深い深い透き通った水の生かもしれない。不思議なことに地でなく、木の生もあるな」
「え~! 見ただけでわかるのですか?」
「すべての人間が分かるわけじゃない。君の体からオーラが強いからわかることだよ。湖は行ったかい?」
「それが、モンスター谷から巨大モンスターが現れて大変だったんです」
「うん、空気が乱れている。この竜星の命も短いかもしれない。ドラゴンレースも見納めかもしれんな」
「そのドラゴンレースに出ることになってしまったんです」
「君が出るのかい。う~ん…、どうしたものか…」
 老人は真剣な顔をして、急に黙ってしまいました。

「あ…あの…」
「星の弓を今持っているかい」
「あ、ハイ、いつも持っています」
 加奈は自分のバックから弓を取り出しました。
「明日までこの弓を預かるよ。調整しとくから、又、明日、この時間に来なさい。それと、君に合うドラゴンだが、アクアディンゲン島にクリスタロス湖がある。そこのドラゴンを捕まえて乗るといい。水のドラゴンの中でも、早く飛ぶわりに安定した飛び方をするから、矢をぶれずに飛ばせるはずだ。まだ、朝も早い。ロミオとスチュワート二人に頼んで、クリスタロス湖まで連れていってもらいなさい。今日は、良いドラゴンに出逢えると思うよ」
 加奈は何でも知っている老人が、神様のように見えてきました。

「あの、おじいさんは、竜神様の神様なのですか?」
「アハハハ、わしは神様じゃないよ。ありふれた老人だ。まあ、あえて言うなら、年の功かな、アハハハ」

 思ったより時間が経ってしまいましたが、早朝に出て来たので、まだ一日はたっぷりありそうです。全力で加奈は城まで急ぎました。
 自分の部屋に戻ると、急いでロミオに買ってもらった外出着兼戦闘着に着替えて、今日は、腿のバンドのポケットに短剣を入れました。
 白ドラゴンに老人からもらったパンを食べさせて、さあ出発です。
 唯一地球から持ってきた、学校で結んでいたリボンを髪に結んで、気合を入れるために、頬をポンポンと叩きました。
 部屋の大きな鏡を見ながら身だしなみを整えていると、ドアを叩く音がしました。

「ハイ、どうぞ」
「加奈、どこか行くか?」
 スチュワートでした。
「あっ、良かった。頼みがあるんだけど」
「えっ? 何?」

 加奈は、弓の老人の話をスチュワートにすると、スチュワートは凄く驚きました。あの弓の老人は、星虹国王の兄弟で、いろんな事情があって、王室から離れ、竜星に住んでいるとのことでした。武術・知識・すべてにおいて優れ、国民の絶大なる信頼がありました。国王になるべき人だったとは、失礼な態度をとってしまったのではないかと心配になりました。
「ど…どうしよう。そんな立派な方とはつゆ知らず、気軽に話をしてしまったわ」
「アハハハ、別に構わないよ。もう王族から離れて随分経つし、おじさまは固いしきたりと掟のある王室を嫌がって、竜星に来たのだから」
「クリスタロス湖はロミオが良く知っている。ロミオを呼んで、用意してくるから。加奈は正面玄関の前で待っていて、すぐに行くよ」

 結局、ロミオ、スチュワートだけでなく、サタンも含めて6人の大人数で行くことになりました。王子たちだけでも、目立つのに長身のサタンも一緒なので、町の人たちは、何事かと見るのでした。
 何より、女たちが、ちらちら加奈を見ながら、羨望の目で見ていました。そして、聞こえよがしに誰もが同じことを囁くのでした。

「王子たちの中心にいるあの女の子は誰なの? 竜星の人間ではないし、貴族でもなさそう。炭みたいな汚い色の髪をして子供のくせに王子様たちと並んで、歩くなんて、分不相応だわ」
 加奈は、確かに分不相応と思いました。4人の王子とサタンはそれなりの個性があり、顔立ちも良く、地球に行けば、俳優やアイドルくらいのイケメンです。いいえ、地球の男以上かもしれません。
 物語に出てくる素敵な王子様そのもので、スチュワートとサタンにおいては、女の子の誰もが憧れる顔立ちです。
 そんな粒ぞろいの中に平凡な女の子が一緒にいるのですが、陰口を言われるのも当然だと加奈は思いました。

「加奈、どうした。不安なのか」
 考え込んでいる加奈にサタンは声をかけました。
「大丈夫と言えば、嘘になるけど、昨日思い出したの。一番大切なこと…」
「大切なこと?」
「出来れば、それをしないで、ドラゴンと心が通えれば、いいのだけれど、皆の前でやるには、ちょっと度胸がいるかも…」
 そう言うと加奈は真っ赤になってしまいました。サタンは、加奈の言っている意味がわかりませんでしたが、それとは何なのか、湖で見ることになろうとは、加奈にとっては苦渋の決断であったに違いありません。

 城下町の港から船に乗ると、やはりタコのモンスターの集団が現れましたが、今日は5人だったので、戦いもスムーズにいきました。この間と同じように、馬でなく、小形のドラゴンに乗って、ロミオの案内で湖まで走らせます。
 前の道と違って、植物の種類も違っていました。背丈が皆高く、鋭い葉先でケガをしそうでしたが、王子たちが剣で草を刈り、道を作っていきました。
 
 すると、水の流れる音がしてきました。荒削りの岩肌からどうどうと豊かな水が滝のようにくねくねと流れ落ちていました。神秘的な湖で、何匹か水のドラゴンが羽を休めていました。しかし、加奈たちは無関心で、すぐに空高く飛び立って行ってしまいました。
「いつもと違うな」
 ロミオは首をかしげました。
「やっぱり大気の流れがおかしいせいなのか、水のドラゴンの数が少ない。この時間に一匹もいないとは…困ったな」

「ハア…」
 加奈は深い溜息をつきました。
「やっぱり、嫌な予感が当たったわ。覚悟を決めるわ」
「加奈、どうしたんだよ、覚悟って…」
 レッドが心配げに言いました。
「皆にお願いがあるの。あの後ろの林で待っていて欲しいの。それと、なるべく私のすること見ないで欲しいの。決して声も出さないで」

「何をするんだよ、危険なことか!!」
 ジュードが言いました。
「ううん、危険じゃないけど、あまり人の前でする事じゃないんだけど、今回は仕方ないし…」
 加奈は、又、深く溜息をつきました。

 加奈は白ドラゴンに向かって言い聞かせました。
「ここを絶対動かないでね。私がいいと言うまで、ガウガウ言ってもだめよ」

 王子たちが後方の林まで下がるのを見届けると、加奈はリュックを降ろし、服を脱ぎ始めました。ブーツも脱いで裸足になり、髪に結んだリボンもはずし、白い木綿の下着1枚になりました。そして、滝の水で口をすすぎ、手と足を念入りに洗い清めました。

「か…加奈が…服、脱いだ…」
「バカ、レッド、声出すなよ」
 遠くから、加奈の様子を心配げに見ていた王子たちは、加奈が何をするのか見当もつきませんでした。竜の舞歌_濃

 すると、不思議な言葉の旋律が聞こえてきました。加奈は、歌いながら静かに舞い始めたのです。滝の水しぶきが加奈を濡らしていきます。透き通る肌が、水に濡れて、心なしかピンク色に染まり、長い黒髪が、舞うごとに竜のように風に流れていきます。歌声は、湖の下まで届くように、水の流れの舞とともに、滝の音とともに、深く湖の底へ流れ込んでいくのでした。
 加奈の舞いに4人の王子たちは、あまりの美しさというより、神々しさに見とれていました。いつもの加奈と違う、不思議な感情が流れ出て立ちすくんでしまう5人でした。

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 すると、湖の底が大きく、渦を巻き始めました。渦は、高く高く水上まで達し、ゴォーっと激しい音がしたかと思うと、竜の姿が現れたのです。
 その突然の出来事にさすがのサタンも声を失ってしまいました。王子たちも放心状態でした。

“誰かと思ったら巫女か…”
「水竜様、私は巫女ではありません」
“いいや、その舞と歌、忘れるわけがない。まさか、この地で、巫女に出会うとは、不思議な縁だ。 どうした、私に何か用か”
「水竜様にお願いするのは、心苦しいのですが…」
“ふむ…、ドラゴンレースで優勝すれば良いのだな”
「な、何でご存じなのですか」
“巫女の心はよく読める。そうすぐわしはこの星を、離れなければならない。その門出に、美しい歌を、聞くことが出来たことは、うれしい事だ。たやすい事だ。良いだろう。心配しなくとも、私の背に、乗ってるだけで良い。それでは、レースの日まで…美しい巫女よ。いつまでも、その心を忘れるな”

 水竜は、又、ドドドーっと渦とともに湖深くへと消えて行きました。
 白ドラゴンの方を見ると、体がカチカチになって、立ちながら気を失っていました。よほど竜神にびっくりしたのかもしれません。

「加奈~!!」
 王子たちが駆け寄ってきましたが、加奈は大声で、
「止まって~~~!! 見ちゃだめぇ~~~!!」
「え??」

 気がつけば、まだ加奈は服を着ていませんでした。王子たちは、顔を真っ赤にして、一斉に後ろを向いたのでした。
 サタンは、まだ林の奥にいました。
「あの歌は聞き覚えがある。遠い遠い記憶の中に…。何故だろう。あたたかく、切ないこの想い…。この気持ちはいったい…」

 どこかで聞こえる懐かしい歌。誰もが大事に思う歌。口ずさんでしまう歌、無限に広がる宇宙にも歌があります。
 加奈の歌った流れるような優しいしらべに似た星の音符が奏でるような…そんな歌があります。



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