2015年03月15日
第1章 光の海へ 第3話 -氷の花-
「加奈ちゃん、この問題は、昨日教えてあげたばかりでしょう。どうして、わからないの」
「むずかしいのですもの。仕方ないでしょう。3003号さん」
「3003号でなく、3005号です」
「なんで、名前ではなく数字なの。頭が混乱してしまうわ」
「ロボット には、名前はいらないのです」
加奈は、勉強の時間がいちばんきらいでした。宇宙船に 乗ってまで勉強しなくてはならないのは、加奈の通学していた学校の、筑波先生の思いつきでした。宇宙知識を知らないまま、宇宙に旅出させることは心配だったからです。
おかげで、加奈に10人の家庭教師のロボットが、宇宙船に便乗したということです。3001号から3010号まで、人間型ではありますが、頭でっかちの電子コンピューターで、先生のお気に入りのロボットたちでした。数字から生物、天体物理学から宇宙論にいたるまで加奈にとっては、頭が痛くなる科目の数々でした。
「それでは今日は、ここまでにします。明日、もう一度復習しますから、ちゃんと勉強しといてくださいね」
「わかりました、先生」
「先生ではなく、3005号です」
「どっちでもいいでしょう。もう!」
「クス、クスクス」
そんな加奈を見て、笑う人がいました。
「あっ、シャーベットさん、いらしたんですか」
「大きな声を出すのですもの。通路までつつぬけよ」
「あ、すみません。エアロック開けたままだわ」
シャーベットさんは氷星の住民でした。アンドロメダから乗ってきたとても美しい人でした。水晶のような膚で、頭の上には昆虫のような触角を持ち、水色のしずくのような髪はいつもつややかでした。地球のどんな美人でも彼女には負けてしまうほど、きれいな人でした。
「勉強で疲れたでしょう。アイスクリームごちそうするわ。私の部屋にいらっしゃらない」
「わあ、うれしい。シャーベットさんの作ったアイスクリーム、とってもおいしいんですもの」
「防寒着、忘れないでね」
シャーベットさんの部屋は、氷のように冷たい部屋なのです。彼女は高温の所では生きていけないので、部屋を出る時は特別の服を着なければなりませんでした。
加奈は、シャーベットさんの作ったアイスクリームが大好きでした。生クリームのようなきめこまやかな、ちょっぴり甘酸っぱい味なのです。
加奈が、シャーベットさんの部屋でアイスクリームを食べている時、タイタン号は氷星の大気圏に入っていました。
『まもなく、氷星に到着いたします。氷と水が確保でき次第、出航しますので、船内から出られませんようお願いします』
加奈が、窓をのぞくと、巨大な氷星が見えました。氷星の表面には、何本かのしま模様があって、氷のつぶや氷におおわれた岩のようなものが、星のまわりをゆっくりと公転していました。
氷星に近づくにつれ、しま模様がはっきりしてきました。濃淡さまざまな灰色模様で、見るからに氷の世界でした。氷河と氷海につつまれた星。それが氷星の姿でした。
「シャーベットさん、どこに住んでいるの?平地が全然ない」
「もう少し近づくと、わかるわ。氷の山の麓に、私たちの城があるのよ」
タイタン号は、軌道に乗りながら、氷の大地にゆっくりと着陸していきました。

灰色の雲が浮かんで流れ、氷海の氷が恒星の光に反射して、雪原はキラキラと輝いていました。けれども、それもいっしゅんで、雲は日射をさえぎり、暗く冷たい世界が広がるばかりでした。南と西の方角に、今にもぶつかりそうな変形した大きな衛星が見えました。加奈は、これほど近くに、丸くない衛星を見たのは始めてでした。
「シャーベットさん。あの衛星、角ばった形しているのね」
「氷星には、全部で衛星が15個あるのよ。あの2個は、とりわけ大きいけれど、夜になれば金色に輝く衛星が見えるわ」
「地球の衛星の月みたい!見たいなあ。氷星に降りたいなあ」
「とんでもない!宇宙船から見ているだけではわからないけれど、外の気温はマイナス130度よ。大気も薄いし、とても無理よ」
「宇宙服着ても、だめかしら」
「だめだめ!」
船長室のそばの絞り開きのエアロックが外へ飛び出し、そこから氷の大地へまっすぐと通路がのびていきました。その開閉装置まで加奈は、シャーベットさんを見送りました。
「加奈さん、短い時間だったけど、とっても楽しかったわ」
「シャーベットさん、ほんのちょっとでも無理かしら」
「まだそんなこと言って!加奈さんは宇宙の恐ろしさを知らなすぎるわ」
「それでも、行きたい!」
「加奈ちゃん、わがまま言ってはだめだよ」
加奈の後ろから、笑いながら船長が近づいてきました。
「でも船長さん。外に出たくても出られないなんて、つまんないわ」
「やれやれ、加奈ちゃんの冒険心には感服するよ。普通だったら外に出るのは、こわいはずなのだけれどね」
船長は、大きな扉を開けると、中から白い特殊宇宙服を取り出しました。
「3時間しか、この星にはいられないよ。無理はしないと約束してくれるね」
「わーい!氷星に降りていいのですね」
「汽笛を鳴らしてあげるから、すぐ戻ってくるのだよ。あと5時間で夜になる。金色の衛星が東の方角から西へ傾くと、大気の流れが変わる。その前に出航しないと、氷の吹雪があれくるって、氷海に船が暗礁してしまって危険だからね。星の位置をしっかり覚えときなさい」
「はい。それでは、行ってきます」
「小型の補結艇に乗って行きなさい。運転はコンピュータがしてくれるから、まん中の赤いスイッチを押して、後は指示通りにすればいい」
「船長、私、まちがいなく加奈さんを送りとどけますわ」
「シャーベットさん、頼みます」
たまご型の補給艇に乗って、加奈たちは船から氷星の大地へ飛び出しました。
「ゼンポウ、イチキロ。オオキナブッタイガアリマス。
艇のコンピュータが知らせます。
「私たちの城だわ」

薄暗い空の下、キラキラ輝く氷の城が見えました。まるで中世の城と同じぐらい、すばらしい建物でした。
大きな扉の前で、シャーベットさんは頭の
触角を動かしました。すると、左右に扉が開き、長い通路がまっすぐに続いていました。アーチ型の扉の前までくるとシャーベットさんは、補給艇から降りるようにいいました。加奈が足をそろっと置くと、思ったより氷はやわらかく雪のような感触でした。加奈が歩くと、湿地のように地面が揺れました。
「加奈さん、気をつけて歩いてくださいね。ちょっと安定感がないから」
「この氷、溶けることはないの」
「氷の厚さが増すことはあっても、溶けることはないの。女王さまがお待ちかねだから、急ぎましょう」
シャーベットさんは、今度は大きく触角を動かし、扉に手を当てました。すると、開閉
装置が作動し、たちまち扉が開きました。
部屋の両側には、シャーベットさんと同じように美しい長い髪の女性たちが、並んでいました。
「シャーベット、お帰り。さっき知らせてくれたお客さまはこちらのかたなの?」
鈴のようなやさしそうな声が、白いカーテンの奥から聞こえました。加奈がカーテンの前に立つと、カーテンはゆっくりと天井に上がり、女王は氷のいすに座っていました。加奈は、思わず目をみはりました。
シャーベットさんと始めて会った時、これほど美しい人はいないとびっくりしてしまったのですが、彼女以上に女王は、絵のような美しさでした。
透き通るほどの膚に、水色のやわらかい髪が足の先まで伸びて、頭の触角は金色に輝いていました。マリンブルーの瞳は、やさしさをひめていました。寒い星なのに女王も、薄い絹のような布を軽く身にまとっているだけでした。
「ようこそ、いらっしゃいました。お客様がいらっしゃるのは何百年ぶりかしら。うれしいわ」
「何百年!」
加奈は、あまりの年月の長さに、呆然とするばかりでした。
「さあ、ゆっくりくつろいでくださいな」
女王が手をたたくと、女の人が大きなうつわにガラスの食器に盛られたアイスクリームを持ってきました。
「お口にあうかわかりませんけれど、食べてくださいな」
「わあ、うれしい。私、アイスクリーム大好きなんです。シャーベットさんにいつも、ごちそうになっていたんです」
「加奈さんの星では、アイスクリームというのね。氷星では、ミルク雪というのよ」
ミルク雪の味は、それはそれは舌がとろけるほどおいしく、すばらしい味でした。
加奈は、地球の話を女王に聞かせました。緑美しい大地や動物のこと、海や魚のこと、そして人間の生活のことなどを話しました。女王はうれしそうに聞いていましたが、急にぽろぽろ涙を流し始めました。
「女王さま、どうなさったんですか」
「ごめんなさいね。なんだか、とってもうらやましくなってしまって」
加奈は、女王にどういってなぐさめていいのか、途方に暮れてしまいました。
「加奈さん、こちらにいらして」
隣に座っていたシャーベットさんが、加奈を地下の部屋に案内しました。その部屋は巨大なコンピュータがあって、自動的に動いていました。機械の音だけがひびく、不気味な部屋でした。シャーベットさんが、コンピュータの大きなハンドルを下へ降ろすと、壁だった所が上に開きました。その部屋は、蜂の巣のような六角形の氷部屋にいくつも別れ、氷星の女性たちが横たわっていました。
「シャーベットさん、この部屋は冷凍保存室なの」
「氷星住民百名の肉体よ。私たちは再生をくり返すクローン体なの。巨大なコンピュータが私たちの命のみなもと。氷星の一生が終わるまで、私たちは生き続けなければならないの」
「それじゃあ、シャーベットさんは、何千年もこのお城に住んでいるの」
「正確にいえば、八千年かしら。300年ごとにアンドロメダへ行く事が、私たちの楽しみなの。女王さまにお話をするために」
「八…八…八千年!気が遠くなるような年月。とても信じられない」
「異星人が氷星にくることは、めったにないの。だから、加奈さんの地球のすばらしい話に、女王さまがどれだけお喜びになったか。ほんとに良かったわ。ありがとう」
「シャーベットさんたちは、アンドロメダ以外の惑星には行かないの」
加奈が聞くと、シャーベットさんはとても悲しい顔になりました。これ以上聞いてはいけないと思い、加奈は話題を変えようと、テラスへ出ました。
外は氷河がどこまでも続く、銀世界でした。空も大地も白く輝く氷星は、冬の星なのでした。
「決して訪れることのない春、一年中冬なんて。あっ!そうだ。いいことがあるわ。なんでもっと早く気がつかなかったのかしら」
加奈はテラスからさがっているつららを三本、ぽきりと折り、女王の部屋に戻りました。
加奈がいったい何を始めるのか、女王もシャーベットもまわりに仕えている女性たちもわかりませんでした。加奈は何を思ったのか、自分が座っていた氷のいすを、つららでけずり始めました。コツコツ、ジャリジャリ、氷の削る音だけが部屋中響きます。それからどのくらいの時間が流れたでしょうか。金色の衛星が、夜空に姿を表しました。
「ああ、なんてすばらしいのでしょう!」
女王たちは、加奈の作った物に感嘆の声を出しました。
加奈が作ったのは、氷の花でした。長く寒い冬の中で眠っていた草木が、やわらかな日差しを受けて花を咲かせる春のすばらしさを教えてあげたいと思ったのです。言葉では語れない。せめて形だけでもと、心をこめて作った春の花でした。女王にふさわしい大輪のバラの花と、シャーベットさんたちが女王に仕えるやさしい気持ちと似たスミレとスズランの花を、加奈は選んで作りました。
「これが、さっき加奈さんが話をしてくださった花というものなのね」
女王は、あまりのうれしさに胸が熱くなりました。体が震えるほど感激してしまう、この満ちたりた気持ちに、女王も皆も、涙を流して喜ぶのでした。
その時、加奈は風の音を聞きました。遠いけれど、かすかに響く風の音です。
「おかしいわ。たしかに聞こえる」
「加奈さん、どうしたの」
「シャーベットさん、風の音聞こえない?」 シャーベットさんは、頭の触角を左右に動かすと、顔色を変えました。
「たいへんだわ。嵐がくるわ。早すぎる。どしましょう」
「シャーベット、補給艇ではまにあわないわ。加奈さん、こちらへいらっしゃい」
加奈が女王のそばに行くと女王は首にかけていた首飾りをはずし、加奈の首にかけました。「加奈さん、花のお礼に、この首飾りをさしあげます。さあ、皆、加奈さんのまわりを囲むのよ」
「女王さま! 加奈さんは普通の女の子です。とても無理です」
「シャーベット。大丈夫。私たちの精神波と加奈さんの心は、かならず共鳴出来るはずです。加奈さん、目をつぶって、タイタン号を思い浮かべてくださいね」
加奈は目をつぶり、タイタン号を思い浮かべました。頭がぼぉーとして何か体がとても軽くなり、よい心持ちになりました。
*加奈さん、もう二度と会うことはないと思います。でも私たちは決して加奈さんのことは忘れることはないでしょう。氷の花は私たちの希望です。さあ、いいですよ。ゆっくりと目を開けてごらんなさい*
加奈が目を開けると、なんと、そこは、タイタン号の船長室でした!
「あっ!加奈ちゃん、いつの間に戻ってきたんだ」
「あっれ???」
いったい何がおこったのか、加奈には何が何だかわかりませんでした。
「それより急いで、シートベルトを着けて。そこまで嵐は来ている」
タイタン号が出航するとまもなく、今まで静かだった上空に、低気圧性の渦巻きの嵐が吹き始めました。小さな渦がだんだん激しさを増し、城も氷河も灰色におおいかぶせてしまいました。
タイタン号は、氷星の大気圏を離れ、静かな宇宙空間に戻りました。遠くに見える氷星は嵐がうそのように、風の音も氷のふぶきさえも見えませんでした。
加奈の胸元に飾られた、女王の首飾りの露のような玉が、まるでぬれたように輝いていました。女王の涙のしずくのように……。
「むずかしいのですもの。仕方ないでしょう。3003号さん」
「3003号でなく、3005号です」
「なんで、名前ではなく数字なの。頭が混乱してしまうわ」
「ロボット には、名前はいらないのです」
加奈は、勉強の時間がいちばんきらいでした。宇宙船に 乗ってまで勉強しなくてはならないのは、加奈の通学していた学校の、筑波先生の思いつきでした。宇宙知識を知らないまま、宇宙に旅出させることは心配だったからです。
おかげで、加奈に10人の家庭教師のロボットが、宇宙船に便乗したということです。3001号から3010号まで、人間型ではありますが、頭でっかちの電子コンピューターで、先生のお気に入りのロボットたちでした。数字から生物、天体物理学から宇宙論にいたるまで加奈にとっては、頭が痛くなる科目の数々でした。
「それでは今日は、ここまでにします。明日、もう一度復習しますから、ちゃんと勉強しといてくださいね」
「わかりました、先生」
「先生ではなく、3005号です」
「どっちでもいいでしょう。もう!」
「クス、クスクス」
そんな加奈を見て、笑う人がいました。
「あっ、シャーベットさん、いらしたんですか」
「大きな声を出すのですもの。通路までつつぬけよ」
「あ、すみません。エアロック開けたままだわ」
シャーベットさんは氷星の住民でした。アンドロメダから乗ってきたとても美しい人でした。水晶のような膚で、頭の上には昆虫のような触角を持ち、水色のしずくのような髪はいつもつややかでした。地球のどんな美人でも彼女には負けてしまうほど、きれいな人でした。
「勉強で疲れたでしょう。アイスクリームごちそうするわ。私の部屋にいらっしゃらない」
「わあ、うれしい。シャーベットさんの作ったアイスクリーム、とってもおいしいんですもの」
「防寒着、忘れないでね」
シャーベットさんの部屋は、氷のように冷たい部屋なのです。彼女は高温の所では生きていけないので、部屋を出る時は特別の服を着なければなりませんでした。
加奈は、シャーベットさんの作ったアイスクリームが大好きでした。生クリームのようなきめこまやかな、ちょっぴり甘酸っぱい味なのです。
加奈が、シャーベットさんの部屋でアイスクリームを食べている時、タイタン号は氷星の大気圏に入っていました。
『まもなく、氷星に到着いたします。氷と水が確保でき次第、出航しますので、船内から出られませんようお願いします』
加奈が、窓をのぞくと、巨大な氷星が見えました。氷星の表面には、何本かのしま模様があって、氷のつぶや氷におおわれた岩のようなものが、星のまわりをゆっくりと公転していました。
氷星に近づくにつれ、しま模様がはっきりしてきました。濃淡さまざまな灰色模様で、見るからに氷の世界でした。氷河と氷海につつまれた星。それが氷星の姿でした。
「シャーベットさん、どこに住んでいるの?平地が全然ない」
「もう少し近づくと、わかるわ。氷の山の麓に、私たちの城があるのよ」
タイタン号は、軌道に乗りながら、氷の大地にゆっくりと着陸していきました。

灰色の雲が浮かんで流れ、氷海の氷が恒星の光に反射して、雪原はキラキラと輝いていました。けれども、それもいっしゅんで、雲は日射をさえぎり、暗く冷たい世界が広がるばかりでした。南と西の方角に、今にもぶつかりそうな変形した大きな衛星が見えました。加奈は、これほど近くに、丸くない衛星を見たのは始めてでした。
「シャーベットさん。あの衛星、角ばった形しているのね」
「氷星には、全部で衛星が15個あるのよ。あの2個は、とりわけ大きいけれど、夜になれば金色に輝く衛星が見えるわ」
「地球の衛星の月みたい!見たいなあ。氷星に降りたいなあ」
「とんでもない!宇宙船から見ているだけではわからないけれど、外の気温はマイナス130度よ。大気も薄いし、とても無理よ」
「宇宙服着ても、だめかしら」
「だめだめ!」
船長室のそばの絞り開きのエアロックが外へ飛び出し、そこから氷の大地へまっすぐと通路がのびていきました。その開閉装置まで加奈は、シャーベットさんを見送りました。
「加奈さん、短い時間だったけど、とっても楽しかったわ」
「シャーベットさん、ほんのちょっとでも無理かしら」
「まだそんなこと言って!加奈さんは宇宙の恐ろしさを知らなすぎるわ」
「それでも、行きたい!」
「加奈ちゃん、わがまま言ってはだめだよ」
加奈の後ろから、笑いながら船長が近づいてきました。
「でも船長さん。外に出たくても出られないなんて、つまんないわ」
「やれやれ、加奈ちゃんの冒険心には感服するよ。普通だったら外に出るのは、こわいはずなのだけれどね」
船長は、大きな扉を開けると、中から白い特殊宇宙服を取り出しました。
「3時間しか、この星にはいられないよ。無理はしないと約束してくれるね」
「わーい!氷星に降りていいのですね」
「汽笛を鳴らしてあげるから、すぐ戻ってくるのだよ。あと5時間で夜になる。金色の衛星が東の方角から西へ傾くと、大気の流れが変わる。その前に出航しないと、氷の吹雪があれくるって、氷海に船が暗礁してしまって危険だからね。星の位置をしっかり覚えときなさい」
「はい。それでは、行ってきます」
「小型の補結艇に乗って行きなさい。運転はコンピュータがしてくれるから、まん中の赤いスイッチを押して、後は指示通りにすればいい」
「船長、私、まちがいなく加奈さんを送りとどけますわ」
「シャーベットさん、頼みます」
たまご型の補給艇に乗って、加奈たちは船から氷星の大地へ飛び出しました。
「ゼンポウ、イチキロ。オオキナブッタイガアリマス。
艇のコンピュータが知らせます。
「私たちの城だわ」

薄暗い空の下、キラキラ輝く氷の城が見えました。まるで中世の城と同じぐらい、すばらしい建物でした。
大きな扉の前で、シャーベットさんは頭の
触角を動かしました。すると、左右に扉が開き、長い通路がまっすぐに続いていました。アーチ型の扉の前までくるとシャーベットさんは、補給艇から降りるようにいいました。加奈が足をそろっと置くと、思ったより氷はやわらかく雪のような感触でした。加奈が歩くと、湿地のように地面が揺れました。
「加奈さん、気をつけて歩いてくださいね。ちょっと安定感がないから」
「この氷、溶けることはないの」
「氷の厚さが増すことはあっても、溶けることはないの。女王さまがお待ちかねだから、急ぎましょう」
シャーベットさんは、今度は大きく触角を動かし、扉に手を当てました。すると、開閉
装置が作動し、たちまち扉が開きました。
部屋の両側には、シャーベットさんと同じように美しい長い髪の女性たちが、並んでいました。
「シャーベット、お帰り。さっき知らせてくれたお客さまはこちらのかたなの?」
鈴のようなやさしそうな声が、白いカーテンの奥から聞こえました。加奈がカーテンの前に立つと、カーテンはゆっくりと天井に上がり、女王は氷のいすに座っていました。加奈は、思わず目をみはりました。
シャーベットさんと始めて会った時、これほど美しい人はいないとびっくりしてしまったのですが、彼女以上に女王は、絵のような美しさでした。
透き通るほどの膚に、水色のやわらかい髪が足の先まで伸びて、頭の触角は金色に輝いていました。マリンブルーの瞳は、やさしさをひめていました。寒い星なのに女王も、薄い絹のような布を軽く身にまとっているだけでした。
「ようこそ、いらっしゃいました。お客様がいらっしゃるのは何百年ぶりかしら。うれしいわ」
「何百年!」
加奈は、あまりの年月の長さに、呆然とするばかりでした。
「さあ、ゆっくりくつろいでくださいな」
女王が手をたたくと、女の人が大きなうつわにガラスの食器に盛られたアイスクリームを持ってきました。
「お口にあうかわかりませんけれど、食べてくださいな」
「わあ、うれしい。私、アイスクリーム大好きなんです。シャーベットさんにいつも、ごちそうになっていたんです」
「加奈さんの星では、アイスクリームというのね。氷星では、ミルク雪というのよ」
ミルク雪の味は、それはそれは舌がとろけるほどおいしく、すばらしい味でした。
加奈は、地球の話を女王に聞かせました。緑美しい大地や動物のこと、海や魚のこと、そして人間の生活のことなどを話しました。女王はうれしそうに聞いていましたが、急にぽろぽろ涙を流し始めました。
「女王さま、どうなさったんですか」
「ごめんなさいね。なんだか、とってもうらやましくなってしまって」
加奈は、女王にどういってなぐさめていいのか、途方に暮れてしまいました。
「加奈さん、こちらにいらして」
隣に座っていたシャーベットさんが、加奈を地下の部屋に案内しました。その部屋は巨大なコンピュータがあって、自動的に動いていました。機械の音だけがひびく、不気味な部屋でした。シャーベットさんが、コンピュータの大きなハンドルを下へ降ろすと、壁だった所が上に開きました。その部屋は、蜂の巣のような六角形の氷部屋にいくつも別れ、氷星の女性たちが横たわっていました。
「シャーベットさん、この部屋は冷凍保存室なの」
「氷星住民百名の肉体よ。私たちは再生をくり返すクローン体なの。巨大なコンピュータが私たちの命のみなもと。氷星の一生が終わるまで、私たちは生き続けなければならないの」
「それじゃあ、シャーベットさんは、何千年もこのお城に住んでいるの」
「正確にいえば、八千年かしら。300年ごとにアンドロメダへ行く事が、私たちの楽しみなの。女王さまにお話をするために」
「八…八…八千年!気が遠くなるような年月。とても信じられない」
「異星人が氷星にくることは、めったにないの。だから、加奈さんの地球のすばらしい話に、女王さまがどれだけお喜びになったか。ほんとに良かったわ。ありがとう」
「シャーベットさんたちは、アンドロメダ以外の惑星には行かないの」
加奈が聞くと、シャーベットさんはとても悲しい顔になりました。これ以上聞いてはいけないと思い、加奈は話題を変えようと、テラスへ出ました。
外は氷河がどこまでも続く、銀世界でした。空も大地も白く輝く氷星は、冬の星なのでした。
「決して訪れることのない春、一年中冬なんて。あっ!そうだ。いいことがあるわ。なんでもっと早く気がつかなかったのかしら」
加奈はテラスからさがっているつららを三本、ぽきりと折り、女王の部屋に戻りました。
加奈がいったい何を始めるのか、女王もシャーベットもまわりに仕えている女性たちもわかりませんでした。加奈は何を思ったのか、自分が座っていた氷のいすを、つららでけずり始めました。コツコツ、ジャリジャリ、氷の削る音だけが部屋中響きます。それからどのくらいの時間が流れたでしょうか。金色の衛星が、夜空に姿を表しました。
「ああ、なんてすばらしいのでしょう!」
女王たちは、加奈の作った物に感嘆の声を出しました。
加奈が作ったのは、氷の花でした。長く寒い冬の中で眠っていた草木が、やわらかな日差しを受けて花を咲かせる春のすばらしさを教えてあげたいと思ったのです。言葉では語れない。せめて形だけでもと、心をこめて作った春の花でした。女王にふさわしい大輪のバラの花と、シャーベットさんたちが女王に仕えるやさしい気持ちと似たスミレとスズランの花を、加奈は選んで作りました。
「これが、さっき加奈さんが話をしてくださった花というものなのね」
女王は、あまりのうれしさに胸が熱くなりました。体が震えるほど感激してしまう、この満ちたりた気持ちに、女王も皆も、涙を流して喜ぶのでした。
その時、加奈は風の音を聞きました。遠いけれど、かすかに響く風の音です。
「おかしいわ。たしかに聞こえる」
「加奈さん、どうしたの」
「シャーベットさん、風の音聞こえない?」 シャーベットさんは、頭の触角を左右に動かすと、顔色を変えました。
「たいへんだわ。嵐がくるわ。早すぎる。どしましょう」
「シャーベット、補給艇ではまにあわないわ。加奈さん、こちらへいらっしゃい」
加奈が女王のそばに行くと女王は首にかけていた首飾りをはずし、加奈の首にかけました。「加奈さん、花のお礼に、この首飾りをさしあげます。さあ、皆、加奈さんのまわりを囲むのよ」
「女王さま! 加奈さんは普通の女の子です。とても無理です」
「シャーベット。大丈夫。私たちの精神波と加奈さんの心は、かならず共鳴出来るはずです。加奈さん、目をつぶって、タイタン号を思い浮かべてくださいね」
加奈は目をつぶり、タイタン号を思い浮かべました。頭がぼぉーとして何か体がとても軽くなり、よい心持ちになりました。
*加奈さん、もう二度と会うことはないと思います。でも私たちは決して加奈さんのことは忘れることはないでしょう。氷の花は私たちの希望です。さあ、いいですよ。ゆっくりと目を開けてごらんなさい*
加奈が目を開けると、なんと、そこは、タイタン号の船長室でした!
「あっ!加奈ちゃん、いつの間に戻ってきたんだ」
「あっれ???」
いったい何がおこったのか、加奈には何が何だかわかりませんでした。
「それより急いで、シートベルトを着けて。そこまで嵐は来ている」
タイタン号が出航するとまもなく、今まで静かだった上空に、低気圧性の渦巻きの嵐が吹き始めました。小さな渦がだんだん激しさを増し、城も氷河も灰色におおいかぶせてしまいました。
タイタン号は、氷星の大気圏を離れ、静かな宇宙空間に戻りました。遠くに見える氷星は嵐がうそのように、風の音も氷のふぶきさえも見えませんでした。
加奈の胸元に飾られた、女王の首飾りの露のような玉が、まるでぬれたように輝いていました。女王の涙のしずくのように……。















































































