2017年10月29日
第4章 いざないの扉 第8話 -終わりなき戦い(前編)-
上の階にいるタルタロスの声が大きくなってきました。不思議な地鳴りがして、塔が地震のように揺れて来ました。砂嵐まで吹き付けて、タルタロスとの戦いが始まろうとしていました。
加奈は泣いている場合ではないと思い、リュックから星の弓を出しました。星の弓は、加奈が手に取ると、加奈の心に反応して、みるみると大きくなり、光り輝き始めました。
上に上がる都度、モンスターの数は増えるばかりでした。
「くそ、この塔はどうなっているんだ。モンスターの巣じゃないか。上に着くまでに疲れてしまうぞ」
「泣き言を言うなんて王子らしくないわね。でも、確かに多すぎるわね」
ミーティア王女も、鞭を回しながら、辺りをうかがっていました。
「外階段は急で砂石が崩れやすくて危険だけど、モンスターが少ないから外階段の方を上って行こう」
「サタン、それは危険よ。私たちは大丈夫だけど、加奈には無理よ」
皆の目が加奈に集中しました。加奈は何を言っていいのかわからず、オロオロするばかりでした。
「加奈、ゆっくり上がっていくから、足元に気をつけて上るんだ。出来るな?」
「う…うん、大丈夫だよ、サタン」
そうは言ったものの、外階段は予想以上に急で、砂で滑りやすくなっているだけでなく、手摺りなど無く、もし、落ちてしまえば、下まで真っ逆さまで一巻の終わりです。
加奈は一番最後から上っていきました。上手に上れないため、小さな石を下へ落としてしまう恐れがあるからでした。
少しずつとはいっても、皆、素早く上っていくので、加奈は一人だけすごく遅れてしまいました。足場は狭く、一段上がる高さが高いため、よじ登って上がらねばなりませんでした。
両方の手は、砂岩をきつくつかんでいるので、血だらけになってしまい、痛みのために、さらに上がるのが遅くなってしまうのでした。
“痛い!! 手が麻痺してきた。こんな指では弓が弾けない。こんな事なら、一緒に来なければ良かった。もう帰りたい。もう地球へ、お家へ帰りたい。もう嫌だ”
加奈はもう限界でした。上に上がろうにも指からは血が流れ、つかんだ石が赤く染まり、加奈はその場に留まってしまいました。
「加奈、何してる!! お前だけだぞ!! ゆっくりでいいから、上がってくるんだ!!」
「……」
加奈は返事をしませんでした。
「加奈!?」
サタンは、加奈の様子がおかしいのに気づき、又、下へ降りていきました。
加奈の所まで来た時、サタンは、加奈の両手が真っ赤に染まっているのに愕然としました。サタンは、加奈の体を回り込むようにして、自分の腰ひもで加奈の体をくくり付けました。
強い風が吹くと、バランスを崩しやすく、サタンの体は一瞬、落ちていきそうになりました。砂岩は崩れやすく、足元も何度も滑ってしまいます。加奈を抱いて上がるのは、至難の業でした。
それでも少しずつ、注意深く登っていきました。そして、ようやく上がりきることが出来ました。
「加奈、もう大丈夫だ。タルタロスのいる階までもう少しだ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
加奈は、自分が情けなくなって、涙がぽろぽろと頬を流れていきました。
サタンは何も言わず、加奈の怪我した手を自分の筒の水で、砂を洗い流していきました。
「何だかんだ言っても、サタンは加奈が心配なんだな」
「昔から、サラとイザベラの面倒もよく見ていたけれど、やっぱりサタンは変わっていないわね」
「いいや、違うと思うよ」
「え?」
王子には分かっていました。サラとイザベラとは違うのだと。
少しずつ、指先の痛みが取れて来て、加奈は安心しました。あのままでは弓を弾くことが出来ないからです。
最後の戦いの前に、つかの間の休息です。サタンは加奈を自分の方へ引き寄せました。
加奈はびっくりして、離れようとしましたが、サタンの強い力にはかないませんでした。
「あ…」
加奈は、皆の前なのに、恥ずかしくなりました。
「少し休むんだ、加奈」
座ったサタンの膝の中にすっぽりはまってしまい、加奈は恥ずかしいやら困ってしまうやらで顔が真っ赤になり、冷や汗をかきそうでした。
サタンは、自分のマントで加奈をそっとくるむと、自分も目をつぶったのでした。
はたから見ると不思議な光景でした。
サタンは加奈を抱いているのに恋人の感じでは無く、父親が愛しい我が子を抱くような、兄が可愛い幼い妹を抱くような、そんなメルヘンのような情景でした。
加奈は、サタンの懐にいると、すごく安心するのでした。子供の頃、病気の時、父が膝に乗せて絵本を読んでくれた、あの暖かな感覚に似ていました。
きつい目で見られても、怒られても、やっぱりサタンのそばが一番落ち着く加奈なのでした。
サタンはそっと目を開けました。加奈が少しずつ、落ち着いて来ているのがわかりました。
“この戦いを最後にして、加奈を早く地球に帰さなければ…。この戦いで多くの露金が手に入る。加奈の宇宙船の位置は大体把握した。メシエに頼んで宇宙船の修理が終われば、加奈は、地球に帰れるはずだ…。
こうして加奈を抱いてあげるのも、あと少しかもしれない。そう…やっと自分の旅が出来るのに、なんで、こんなに心が苦しいのだろうか…”
しかし、二人の心の想いとは裏腹に、運命の歯車はもう回り始めていました。
一番上の階の扉には、不思議な星の紋章が描かれていました。
“あ!! この模様は、あの時の扉の紋章と同じ!”
加奈は一抹の不安がよぎりました。
その扉の奥で、タルタロスの声が大きく響くように聞こえてきます。
「ウォ~、ウォ~」
そう、あの時と同じように…。